オスマン帝国外伝のマヒデブラン…最後は悲惨なことに…役者さん情報も

オスマン帝国外伝の主人公はヒュッレムですが、その最大のライバルとして登場するのはマヒデブラン妃です。

シーズン1の最初から、皇帝スレイマンの寵妃として登場し、ヒュッレムは最初から敵対視されていました。

どう考えてもヒュッレムの圧勝なのにも関わらず「スレイマンの長男を生み育てている」と言う点で、常にヒュッレムの先を行くライバルとして、対立せざるを得ない関係でした。

今回は「マヒデブランとは」「マヒデブランの最後は?」「マヒデブランの役者さん情報」をお届けしますね。

マヒデブランとは


オスマン帝国外伝は、第10代皇帝スレイマンが、皇帝に即位してから退位するまでの物語です。

笑顔

(主人公はヒュッレムであり、スレイマンでもあった)

スレイマンが皇帝に即位する前に、マニサ県を治めている皇子の時代から寵愛を受けていた女性がマヒデブランです。

マヒデブランにはスレイマンとの間にムスタファという息子がいて、この子が超絶優秀でした。

シーズン1のマヒデブラン

スレイマンが皇帝に即位して、一家でイスタンブールに移り住んでから、ヒュッレムへと寵愛が移り、マヒデブランは地位を転げ落ちます。

  • ヒュッレムを殴り倒す
  • スレイマンが送ったヒュッレムの宝石を盗む(後宮の窃盗は大罪)
  • ヒュッレムの食事に毒を盛る

なんとかヒュッレムを亡き者にしようとして、スレイマンの部屋の食事に毒を混ぜてからは、スレイマンの堪忍袋の緒が切れて「オマエと私の仲も終わりだ」と言い渡され、それ以降は1度も夜伽をできていない(はず)。

次々と子どもを生みまくるヒュッレムに対して、ムスタファ1人しか子どもがいないマヒデブランは、常に後宮で肩身の狭い想いをしていました。

シーズン2のマヒデブラン

スレイマンの寵妃からは相変わらず滑り落ちていますが、ムスタファはすくすくと育ちます。

ムスタファこそ次期皇帝と推す、大宰相イブラヒムをはじめ、皇室の面々はヒュッレムではなくマヒデブランを擁護します。

母后が亡くなって、後宮の責任者がマヒデブランとなり、息子ムスタファのために公費を使いまくり、両替商に借金をしまくったことが発覚。スレイマンの怒りを買い、後宮から追い出されてムスタファの赴任県のマニサに移動させられます。

シーズン3のマヒデブラン

首都イスタンブールの後宮を追放になって都落ち…と思いきや、マヒデブランの本領はここから発揮されます。

次期皇帝と名高いムスタファの元へ集まる高官たちや女たち。

マヒデブランは皇子の母として、全てに目を光らせて後宮を管理します。

息子の妃たちの管理はもちろん、ヒュッレムからの手先をあぶり出して息子を暗殺の魔の手から守り続けます。

シーズン4のマヒデブラン

老けメイクをほどこして、シーズン4のマヒデブランはひたすらムスタファがスレイマンの不興を買わないように細心の注意を払います。

しかし、努力の甲斐なくスレイマンはムスタファを「反逆罪」で処刑…。娘以外のムスタファの子どもも処刑されてしまいます。

もはや生きる気力もなくし、孫娘も嫁いでしまい、スレイマンの覚えも悪く給金も止められて、マニサ近郊で息子の墓参りをする日々…。

シーズン4で病気にかかり、死を悟ったヒュッレムが会いに来た時は生きるよすがもなく、静かに枯れていました。

オスマン帝国外伝、マヒデブランの最後は?

ドラマではマヒデブランの境遇は悲惨なままで終わりますが、史実では続きがあります。

スレイマン亡きあと、3男のセリム2世が皇帝となり、マヒデブランは特赦で許されて家を与えられます。更に宮殿への出入りも許され、1581年まで、実に80年以上の長寿を全うします。

当時の80歳はかなりの高齢ですが、エブッスードやイスラム長老たちも同様の年代だと考えると、マヒデブランも健康長寿を全うしたということでしょう。

愛する息子に先立たれたのちの長寿…これが幸せだったのかどうかはわかりません。

マヒデブランを演じた役者さんは?

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スレイマンの2番目の皇妃で、ムスタファ皇子を出産した皇女。皇太子の母としての地位はあるものの、スレイマンの寵愛が自分からヒュッレムにと移行したため、ヒュッレムに敵対。毒を盛り暗殺を謀り追放に追いやるなどあの手この手でヒュッレムを排除しようとするが、かえってスレイマンの反感を買って、日陰の身となってしまう。一人息子のムスタファに皇位を継がせることに執心し、後宮の権力争いから身を引こうとしない。

  • 名前:ヌル・フェッタホール(Nur Fettahoğlu)
  • 生年月日:1980年11月12日
  • 出身地:ドイツ
  • 学歴:ハリチ大学

トルコ系ドイツ人で、モデル、司会者、デザイナーなど数々の才能を併せ持つ女優のフェッタホール。オスマン帝国外伝のマヒデブラン役で一躍世界的女優の座へと躍り出ました。同作品では3回の女優助演賞を受賞し、地位を盤石なものとしました。

フェッタホールはなんと5人兄弟の1人。2008年から2011年にかけてムラト・アサインという男性と結婚しており、離婚。2013年にじっつ評価のレベント・ヴェジロオールと結婚しました。2015年には別居しましたが、2016年に娘を出産。2021年に正式に離婚しました。

インスタやTwitterでは垢ぬけた生活が映し出されており、才色兼備の名をほしいままにしています。